社内の改革が進まない3つの理由

なぜ社内の改革はなかなか進まないのでしょうか? 制度研究の言葉に、「制度的補完性」という言葉があります。長い歴史を持つ企業であればあるほど、多くの制度が非常に巧妙にからまっています。例えば「テレワークは多様な働き方を享受するものであり、災害対策時の事業継続を支援する。早急に導入するべき制度だ」という声があがったときに、「いや、テレワークは労務上の問題解決が必要で組合の承認も必要であり・・またそもそも会社の”情報”を家に持ち帰ってよいのかという問題解決も必要で、それには、この問題とあの問題の解決も必要で・・・」ということになり、なにかの制度を変えるためには別の問題がクローズアップされるというふうに堂々巡りをすることになるのです。

非常に複雑に絡み合った完成度の高いシステムでは、制度を変えようと思っても補完的なので、連鎖的にそれに関連する全部の制度を変えなければみんなが納得しないわけです。故に、最初に変えようと思ったひとつのことすら変えられないことになってしまいます。ワークスタイル改革やソーシャルシフトなど、いろいろな改革の為の議論が続いていますが、結局問題の大本には切り込めていません。それは、この補完性の問題の為なのです。

もうひとつの変化の阻害要因として、「正統性」を巡る問題があります。組織の複雑化とともに人々の目的や価値観が多様化していくと、社員が互いの主張を理解できる蓋然性は自動的に減っていきます。なにを考えるにせよ条件付きとなり、いったい何を準拠して、何を批判すれば良いのかという規定を困難にします。その結果、何が「自明」か を巡る正当性が焦点化されていきます。つまり、みんなの合意が難しい制度の合意よりも、情報漏えい被害のような誰もが合意できる問題が、感情の動因のフックとなり、その結果、実行に移される制度設計は、「USBメモリ禁止」というようなリスク回避にかかわる仕組みだけが増えていくというものです。社会が不透明になるほど、「人々のニーズに応えること」と「システムを維持すること」とが乖離してしまうのです。

3つ目に、経済学でいう「複数均衡」があります。例えば、現在それなりの利益を上げている事業部門があるとします。よその部門もそれなりの利益を上げています。そこに新しいビジネスの話が舞い込んできました。しかし、そのビジネスをこなすためには他の部門の協力が不可欠であり、自分たちだけで進めようとすると利益はゼロになってしまいます。その際どういうことが起こるでしょうか。あらかじめ協力的な他部門が多く存在することがわかっているのであれば、多少苦労してもやってみようという話になります。しかし誰も興味を示さないだろうと思うのであれば、わざわざ重い腰を上げずに従来の仕事を粛々とこなしていたほうがよいということになるのです。この場合ここから逸脱するインセンティブはありません。多くのステークホルダーが存在するコラボレーションに置いては、すべてのメンバーの利得関数が同じ向きになっていることは稀であり利害が相反します。つまり、このようなことから実際には好ましい(パレート優越的な)状態も均衡として実現することが可能なのに、「好ましくない」均衡にとらわれている状態が続くのです。

これらの問題は社内に新たなテクノロジーを取り入れる際にも同じことが起こります。従来型の延長線上にある機能改良というケースにおいては、少ない調整で話が進みますが、大掛かりな変更や抜本的な見直しという話になると、とたんに話がややこしいものになるのです。これは上記に挙げた補完性の問題や、正統性の問題、消極的な均衡の問題が多大に関係してくる話になります。

ここにあげたような問題は、これまでも至る所で発生しているはずですが、以前はそれが顕在化しにくいものになっていたと思います。以前はいまようにグローバル化ということになっていませんでしたし、日本の経済そのものに大きな成長のポテンシャルがあったので、少々の問題事は経済のパイが大きくなる中ですべて利益調整して解決されていったので、制度の欠陥は顕在化しなかったということがありました。しかしその結果、改革が遅れ、制度は複雑化し、局所最適と組織のサイロ化ということになり、現在のように何をするにせよ身動きが取れないという状況になってしまったことが言えるではないでしょうか。

では、どのように改革を行っていけばよいのでしょうか。かつてアルバート・ハーシュマンが、変化をもたらす力として「声」と「出口」という2つの概念を用いて説明したのですが、ひとつは、変化を求めて「今の制度は間違っている」と「声」をあげていくこと。もうひとつが、それでも変化しないなら椅子を蹴って出ていって二度と戻ってこないということです。これでいくと日本の場合「出口」というオプションは今のところありません。それは終身雇用という若いころの低賃金が、年功によって大きくバックされるような仕組みにおいては「出口」へのインセンティブが働かないからです。

となると改革を進める為にはやはり「声」しかないのですが、組織依存的な習慣は「べき論」だけでは変わることがなかなか難しいのです。複数均衡における「損して得を取る」という合理的な選択に舵を取ることが出来ないジレンマからの逸脱に必要なのは、合理的な「べき論」ではなく、人々の感情の動因を分析する新しい科学であり、共感のコミュニケーションということになってくるのでしょう。

グローバル化は、あらゆる制度設計を困難にしました。それは計画を立てても状況は変わるからです。しかし、それに対応できるスピード感を持った企業や、中国のように何もかもゼロスタートで、補完性の問題や、正統性の問題、複数均衡の問題といった諸問題を免除され成長できる企業を相手に戦わなければならない状況であれば、それを上回るコミュニケーションによる迅速な意思決定が必要になってくるはずです。如何に戦略的にコラボレーションしていくのかというのが今後も変わらずに課題となるでしょう。その際、今いうようなソーシャルネットワークを上手く活用できる企業と、内々で通じる言葉で話しつづける企業においては、後々どのような差が生まれるかということは「自明」といえるのではないでしょうか?

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ゲーム理論で考える社内情報共有が上手くいかない理由

社内での情報共有を考える際、自分以外のみんなは積極的な協調行動をとってくれるだろうか?という不安はいつの時代も残ります。

例えば、Aさんが一生懸命考えたアイデアがつまった提案書を、なまけているBさんに無条件に差し出すことをするでしょうか?という問題があります。合理的に考える人であればあるほど、それに見合った対価が支払われなければ、人はそれを差し出したりはしません。「誘因と貢献」という言葉がありますが、ある行為に対して報われる結果なければ人は動かないわけです。

ゲーム理論でいう囚人のジレンマによって説明すれば、AさんBさん共に同等の価値をもつ優良情報を交換し合うことが出来れば、共にWin-Winということになりますが、どちらかが裏切れば自分だけが損をします。

(Aさん、Bさん) 協調(優良情報) 裏切り(ガセネタ)
協調(優良情報) (5、5) (-10、10)
裏切り(ガセネタ) (10, -10) (0、0)

しかし、囚人のジレンマのナッシュ均衡は(裏切り:裏切り)なので、協力の行為を左右する新たな条件が投入されない限り、いくら情報共有は大切だと訴えても優良情報は集まらないというのがこのゲームの正解です。

また、それとは別のゲームがあります。これはある条件が整ったことで社員たちは協力し合うというものです。
例えば、条件というのは以下のような利害関係があり得ます。

インドネシアのロンブレン島ラマレラに住む漁師は、現実にこの種のゲームを年中行っている。捕鯨をするためには、船長、航海士、観測員と、船首に立って銛を投げる度胸のある人が必要となる。1人が欠けただけで、捕鯨が成功する可能性は極めて低くなる。だが漁師は、沿岸で小さな獲物を採集したり、その他の社会活動を行ったりすることも可能である。漁師は、大雑把に言えば、他の漁師が捕鯨に参加するならば、自分もそれに参加したいと思っているが、船員が足りないならば陸に留まるほうがよいとも思っている。(wikipediaより)

最初の例では、営業担当者同士で協力しあうということよりも、相手を出し抜いたほうが利益が高いと考えられ裏切りを選択することがナッシュ均衡でした。しかし、もし上記の漁師の例のような条件が加わり、営業、プリセールス、製品担当者と3人協力し合わないと、大きな案件を勝ち取れないという状況になった際になるとプレイヤーたちの行動はどうなるでしょうか。つまり単独行動では利益は-10であり、協力すると5になる2択しかないという状況を仕組みとして作ってしまえば人は積極的に協調行動をとり始めるのです。

例えばマイクロソフトではJobのRoleとしてAccount Manager / Account Technology Strategist / Solution Sales Professional /Technical Solution Professional/などと呼ばれるタイトルを持つ人たちがいます。彼らは基本的には皆セールス支援のために働くわけですが、担当営業だとか製品担当者だとか、ソリューション提案専任者だとか、少しずつ役割が違うわけです。また、彼らは 前述の漁師の話と同様に協力しないと案件を獲得できない構造になっており、自然と協調行動が起きる動機が埋め込まれているわけです。

アーキテクチャをデザインするというのは、なにもサーバー設計だけの話ではありません。どうやれば人に組織的に見て適切な行動をとってもらえるか、どうやれば彼らが私的情報を戦略的に利用してズルく立ち回ることをしないか?そうしたことを考えることが設計者の役割だと思います。

マイクロソフトがどのように社員にYammerを使わせたか

企業内でのコラボレーションツールで、いま一番盛り上がっているのはエンタープライズソーシャルになりますが、その一方「それをどのように社員に使わせるか」という問題に多くの企業が悩まれています。いまはとにかく「ヨソの企業はどんな感じ?」としたところに興味を持たれている方々は非常に多いとおもいます。その中でも「Microsoftは社員にどのように適用させているの?」というのはとても気になる話です。
http://www.citeworld.com/social/21968/microsoft-employees-using-yammer
マイクロソフトのユースケースとしてとても参考になるなる記事がありましたのでご紹介します。
要約と私見を述べると、以下のようになります。

【Microsoftの現在】
・10万人分のアカウントを作って34000人が毎月Yammerを使っている。
・社員は自身のCRMや毎日使う情報収集ツールとしてYammerのフィードを毎日使っています。
 (検索・ポータル・ビジネスアプリケーションなどに加え、Yammerを見れば「面白い情報」が見つかるってことが認知されつつある。)

【Why】
・メールに比べ情報共有が楽なことがわかった。
・情報フローの速度がとにかく速い。
・情報の鮮度が高い
・へぇーって話がいろいろなところで流れている。

【How】
・広範囲な配布リストを廃止(メーリングリスト)
→結果 以前に比べ早い議論が可能に。
・インターナル向けのニュースレターもYammerへ移行
・統合環境にすることにより、ユーザーのオペレーションの負担を削減
・担当者は最初の6か月浸透させるために1日100回コメントに回答

【アダプションにあたっての課題】
・似て非なるツールの使い分けの問題
(既存にあったMicro blog(SharePoint)とYammerとでどちらを使うか)
・とにかくメール文化
・ユーザーからの声(ソーシャルの透明性を嫌がる部門もあり)

Microsoftの場合、ソーシャル成功の最大のポイントとしてカルチャーシフトを挙げており、社内のインフルエンサーを集めてESNの魅力を広めていくところ。初期の立ち上げにはそれなりの労力が必要ですが、軌道にのればその労力を回収できる利点が必ずあります。
みなさん頑張っていきましょう。

企業に必要な1割2割のバリエーション

進化生物学者によれば、動物や植物の進化を考えると変動期には試行錯誤とバリエーションがないと淘汰されて生き残れないといいます。実は、アリもハチの群れもよく観察してみると3~5%くらいは、無目的でランダムでノイジーな動きをしている。でもそれが天変地異、気候変動や、巣が潰されたりする危機的状況のとき、その3~5%がたまたま別の場所にいてくれるので種として生き残れるのだという。 

同じことが企業存続においても言えます。どこの民間企業も将来が不透明な変動期にはそういうバックアップが必要になるわけです。もちろん利潤を追求する商業主義は手放してはいけないし、7割とか8割とかその時代の要求にあったモノを作ったり、個人が統制された組織の中で振る舞うことも必要になりますが、そのうち1割とか2割くらいはバリエーションが必要なのだということです。

先行くモノを追求していくこと。時代が変わり始めたときに人々がこれだって思うようなものをイメージリーダー的な形になり得るような人やモノがあるかどうかで、その後の展開が変わってくきます。そうした狙いで、Googleは20%、3Mは15%を1週間のうち個人の自由な時間を与えています。

これらの話はエンタープライズソーシャルを語るうえでも同じことが言われる。もちろん全員が無駄話をしているのはダメですが、数パーセントのランダムな動きが全体のリスクを回避し、それがいざと言う時の救いになる。このような「多様性」の考え方は事業継続を考える上でもイノベーションを考える上でとても大事になっているわけです。