分散化がもたらす恩恵は重要なものであるか?



この数年の間、これまでの集中管理型組織が相対的に弱くなってからか、分散化の話やエンパワーメント論が目立つようになりました。例えば「競争から共創へ」「統制から透明へ」などいった話も特に新しいフレーズではありませんが、昨今のCGM(コンシューマージェネレイテッドメディア)の台頭などの話題もあり、アルヴィン・トフラーの「プロシューマー」などといった話も改めて注目されてきています。

ただ、それは30年前からある概念で、歴史的にはそういうパラダイムが終わったところで今があり、いまになってトフラー的なエンパワーメント論が台頭したと言う話は、単純に古い議論への回帰の様にしか聞こえないという声も聞こえてきます。では、昔と今とで何が違うのか?トフラー的な未来学とあたらしいパラダイムではなにが違うのか、その整理が出来なければ、決して新しいパラダイムを作ることは出来ないはずです。

これまで組織と言えば官僚的な集中化組織を通じて情報処理を行い、環境の不確実性に対処するのだということがウェーバーからハーバード・サイモンあたりに至るまでの見解でした。その後も「分散化がもたらす恩恵は重要なものであるか?」という話は度々繰り返されてきました。

ソーシャルテクノロジーを利用することにより、これまでより低いコストで様々な問題を解決することが出来ますが、同時に新たに発生するリスクも現れてきます。ですから、推進者は改めてこの問いに対しての答えとリスクについて改めて検証しなければならないわけです。

ガートナーがいうような無計画に始め失敗しているESNの多くは、十分な議論が社内でされていないケースです。新しい働き方によるベネフィットと想定されるリスクを洗い出し計画を立てていくことはどのようなビジネスでも共通するプロセスになります。

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