エンタープライズソーシャル ローンチ前のヒント

常に優れた製品が利用されるという誤解

必ずしも優れた製品が利用されるわけでも、すばらしい機能がみんなのメリットに繋がるわけではありません。たとえば、かつて機能的に優れたベータがVHSに敗れたように、機能的に優れた製品であっても自分だけ他と異なる選択をすることは損をすることがあります。これはエンタープライズソーシャルでも同じことが言え、自分だけ他の行動をとって出る杭になるより、同じ行動をとったほうが得だというネットワーク外部性の問題です。

特にコミュニケーションツールのように「情報が確実に相手に伝わる」という接続性が優劣を決定する製品・サービスに関して言えば、一定の普及率の確保こそが極めて重要になります。例えれば、いまTCP/IPより多少優れた技術が登場しても皆が利用しない限り他に転じるインセンティブはないわけです。

全体最適化されないのは何故?

他の人々が今の行動を変更しなければ、自分だけ行動を変更しても自らの利得を増すことはできないというように、これ以上自らの行動を変更するインセンティブがない安定的な状態を経済学でナッシュ均衡と呼んでいます。(A)と(B)はともに安定したナッシュ均衡であり、皆がVHSを利用する限りは他に転じるインセンティブがなく、皆がDVDを利用する限りは他に転じるインセンティブがないという均衡です。このように部分最適(A)から始まるとそこから自分だけが降りることは望ましくないので全体最適化を実現できない状況が企業内でも起こるわけです。ゲーム理論で登場する「囚人のジレンマ」は、個人の最適化を図ろうとした選択が、結果として全体の最適選択とはならないというモデルですが、(B)の全体最適化への移行のためには(A)の安定状態を突破する必要があり、そのためには(B)への変化で得られる「期待値」の共有と、それに対し皆が協力する(決して裏切らない)という「信頼」の構築が不可欠になるわけです。

絶対に降りないというコミットメント

新しいサービスや商品が世に知れ渡れ、普及していくまでに最小限必要とされる市場普及率を <クリティカル・マス> と呼んでいます。その市場において多くの人が受け入れることができる利用価値が達成される普及の度合いであり、この普及率を超えるとその製品・サービスは急速に広まっていくとされています。クリティカル・マスを確保するためには、例えば「初期採用者(イノベーター、アーリーアダプター)を確実に獲得する」「初期段階では利益を度外視してでも戦略的な価格設定・宣伝を行う」というような様々なやり方がみられますが、重要なのは、このような先行投資により、絶対に主催者側がこのゲームから降りないという誰もが信じられるコミットメントを示すことにです。企業内においては、経営層の「何が何でも降りない」という断固たる姿勢が非常に重要になるわけです。

絶対多数の社員たちが、新しい変化を受け入れるためには、まずは全体最適化というナッシュ均衡が存在するという知識を共有する必要があります。つまり、期待値がXより上となること。次に、そこで協力していくことが合理的だという期待感が共有されることです。ただ、より本質的な問題はこのうちの後者であり、派手なローンチイベントや社内報で宣伝を打っても、社員にからみて「うちの会社には無理」というように期待感が共有されなければ変化は期待できない。逆に後者が成りたてば、他部門を出し抜いて自分たちの部門を成功させようとする者も自ずと出てきます。

最も困難なのは、これまでの不合理な暗黙のルールを清算して、これ以上悪い均衡にとどまっていても損するという状況を作りだしていくことだと思います。その際、全員から共感を得ようとする必要はないですが、逆にいくら素晴らしい変化であっても閾値を超えない限り普及は望めない。イノベータ―やアーリーアダプターが信用されない状態でいくら普及活動を行っても、組織はすぐ悪い均衡(A)に戻ってしまうので、この場合、期待効果が出現するポイントまで一気にリソースを投入していくことが成功の鍵になります。

※下線部に対して成功している企業は導入準備段階で戦略的な期待値コントロールをしている。