コミュニケーションデザインの不可能性

かつて、歴史の中心的な視座にあったのが <計画>という概念でした。建築で言えば <計画>は都市においてのゾーニングやコントロールのシステムであり、ここの場所は公園で、ここは住宅地でここは集会場で、周りにはコミュニティが出来上がってというような仕分けがなされました。しかし、実際に計画は上手くいくものではありませんでした。なぜなら少数の建築家が人々の行動パターンを全て把握し、事前に理性的に統御することなど到底出来なかったからです。結果、子供たちの憩いの場であるはずの公園はイジメの現場となりかわり、ニュータウンをつくるとそこは少年犯罪の温床になるなど、経済学者で言えば「意図せざる結果」と呼ぶようなことが数々起こりました。

建築家 クリストファー・アレグザンダーは「都市はツリーではない」という論文の中で、都市は自然成長的に発展するものであり、設計された都市が必然的に失敗することを数学的に証明してみせました。それは建築家がどのように多様性を目指して設計しても、結局は<計画>にしかならないということであり、設計者の認識能力、予測不可能性の限界を鋭く指摘したものでした。つまり、一部のアーキテクトが都市のもつダイナミズムをツリー構造に回収しようという試みは、例外なく人々の多様性や自由を抑圧することになり、予想を超える問題を後に残すというものです。

コミュニケーションのプラットフォームを考える際においても、アーキテクトは広場を作って多様な交流をもたせたがりますが、実際はそう簡単にはいきません。こうした不可能性の問題があるわけです。

※図1

ITの世界で、ウォータフォールと呼ばれる最初に完成した状態を予想して作られる設計手法がありますが、これは最初に最終形をきっちり設計し、それに向かって一目散に開発を進めるやり方です。それは、開発が終了したときが即ち「計画」の終了を意味します。

しかしそのような計画において「終わりよければ全てよし」とはいうものの、「どこが始まり」で、「どこで終わる」のでしょうか、コミュニケーションは常に既に流れ続けています。また「よし」とは誰にとっての「よし」なのか、その意味でエンタープライズソーシャルは、設計者の恣意的な仕分けを前提になされる「計画」との相性がよくありません。いわば永遠のベータ版といえるコミュニケーションプラットフォームに対して、求められるアーキテクトの役割はこれまでと異なると言えます。

では、「その上で何をすべきか」ということだと思います。そこで、素朴に全体性の把握が出来ていると信じるアーキテクトと、そうでないことを自覚した上で設計という行為に携われるアーキテクトで、どちらでセンスがあると言えるのでしょうか。それは組織のもつダイナミズムを決定的に変えていくことになると思います。

「コミュニケーションの活性化」というオーダーに対し、すぐに新しいツールの話を持ち出し、こんな機能やあんな機能を取り上げる人々がいます。それ自体は悪い行為であるとは思いません。しかし前提の補完性の考察がスキップされています。相互扶助に関わる仕組みはどうなっているのか、人事制度はどうなっているのか、企業文化はどういったものなのか。そうした問題を永続的にサポートするのかしないのか? つまりこうしたスペックのハコをつくりますという事の以前に前提があるだろうという事です。社員のどのようなコミュニケーションをサポートし、どのような触媒になろうとするのか?そうしたことをスキップしてしまおうとする態度があるならば、それこそ問題として捉えなおすべきではないでしょうか。

※1ツリーとセミラティス (左が自然成長的に出来上がったダイナミックな社会【セミラティス】右が人工的に作られたよそよそしい社会【ツリー】)

フューチャー・オブ・ワーク

集権的なハイアラーキー構造は、専門家の知識を集中させることにより、共通した課題を解決させる際に大きな威力を発揮する構造といわれますが、変化の激しい社会では全体像を知っている人は誰もいないという危険性が伴います。一方、分散的な構造は、選択の自由からなる柔軟性と創造力が強みとなりますが、効率性の面で指摘されるわけです。また、組織においてスケールメリットが重視されるときには集中化がそれを可能とし、柔軟性や創造性が重視されるときには分散化がそれを可能にします。

しかし、このような組織が集中化することの利点はこの10年でなくなったとMITのトーマス・W・マローンは著書の中で述べています。それは、テクノロジーの進化により情報伝達コストを抑えた分散化が可能になり、組織が大きいことによって得られるスケールメリットなどの利益と、モチベーションや柔軟性と言った、組織が小さいことによって得られる利益も同時に享受できるようになったからです。

また、マローンはそのような資源配分に関するコミュニケーションの優劣を 【市場 >民主制 >緩やかな階層組織 >集権化された階層組織】の順に4つのフレームで比較しています。そこでは、取引にかかるコストが低く分散的な意思決定が必要の場合は〈市場〉を選択するのが可能で、それが向かなければ民主制で・・・と言う具合に、どんなリソースがいま必要かという探索コストや、実際に契約や交渉に関わる煩雑さをみて選択を行っているわけです。つまり〈市場〉も〈民主制〉もひとつの意思決定ツールとして捉えているわけです。たとえば、昨今試みが見られるような〈オープン・イノベーション〉といわれる取り組みも、意思決定を外部構造〈市場〉に求めるのか、内部構造〈緩やかな階層組織〉に求めるのかという資源配分の話です。

マローンに言わせれば、「集権と分権」「市場とコミュニティ」「外発的と内発的なるもの」を対立させる議論にはもはや意味がなく、そもそも対立の軸すら存在しないわけです。それらは所与の前提や目的達成の制約手段に過ぎないということです。それにより主体の目的意識と組織の問題は、目的に応じた徹底した議論が必要になってきます。個人の不全感の原因を組織や制度に求めるのは生産的でないだけでなく、別水準の問題を混同したかたちの議論を進めても双方になんの改善ももたらさないわけです。

うまいパスを出せるチームは強い ソーシャル時代の新しい働き方

岡田斗志夫氏と内田樹氏の「評価と贈与の経済学」という本のなかの対話にて、お金を回していくってことはどういうことか、と言うことで以下のように述べていました。

「あっちからパスが来たら、次の人にパスする、そうするとまた次のパスが来る。そういうふうに流れているんですよ。パス出さないで持っていると、次のパスが来ない。来たらすぐにワンタッチでパスを出すようなプレイヤーのところに選択的にパスが集まる。そういうものなんですよ。」

ビジネスにおいても。情報を、パっと回してあげることが大事で、情報をストックさせているだけでなくしっかりフローさせるってことがとても重要です。

もったいぶって足元に留めておいても得点は入らない。なるべく早く、なるべく必要なひとにパっと届けてあげなければならない。すると、あの人にパスをするとボールがよく通るってことで、そういうところには自然によくパスが集まってくる。スペインサッカーの強さはそういうパス回しがとても卓越しているということでしょうか。

上図は、二つのパス回しについて示していますが、これらの図はどちらが良いと判断するものではなく、むしろ必要な時に色々な種類の方法で、必要な人にパスできているか?という対応力の問題です。

サッカーでもなんでも、いつも同じコースにパスをしていると、”それは既に読まれてる”ってことになったり、いつもこの人にパスをだすと「インターセプトされる」というようにいつも同じやり方だとダメなので、状況に合わせてさまざまな戦い方やパス回しが出来るチームが強いということになるわけです。

ビジネスでの戦い方は大きく変わりました。例えるならば20世紀は野球型の戦い方をしていた時代。各自プレイヤーには決められた「役割」とか「マニュアル」があって、自分の打順や出番も決まっていて、守備をしていてもそれは僕の守備範囲じゃないっていうことが言えた時代です。また、実際みんなそういうルールで戦っていたので、そのことについて誰も疑問に思わなかったし、ゲームも問題なく回っていました。

しかし21世紀にはいって、グローバル化により、ゲームのルールが変わってしまったことにより、以前のように打順を待っているような戦い方ではやっていけないってことになった。今は野球的なものからサッカー的な戦い方への変化の過渡期にあるといっていいと思います。

もちろん、サッカーの場合も「役割」とか「マニュアル」も存在しますが、基本的に試合中は選手自身の判断となるので野球に比べれば監督の影響力などもずっと小さいものです。サッカーの場合は試合が始まってしまったら、基本的にはプレイヤー自身の判断によって進められます。その意味で分権的であり、個々の主体性とか自律性が強調されています。

しかし、いままで打順や守備範囲が固定されていた選手たちに、「今日から突如ゲームのルールが変わったこれからは主体性をもって戦ってください」と伝えても選手たちは主体性をもって臨機応変に戦う方法はしらない。だからこそ、そのようなゲームで戦う場合では、あらかじめ色々な戦術を明確し、組織力を高めておく必要があるのです。

訓練が終え、選手たちが状況に合わせて多彩なパス回しができるようになったり、阿吽の呼吸でゴールを目指せたり、選手たちがまるで一つの生き物のように機能することが出来たら、それはきっと、野球的な戦い方をしている人に比べ「俺たちは負ける気がしない」ということになるのではないでしょうか。

ルール システム 戦い方の
柔軟性
勝利に与える影響度 試合中
監督の影響度
野球 ターン制 統制型 低い 個々の実力の総体 高い
サッカー リアルタイム 自律型 高い 個々の実力と組織力 低い